愛情/love

【慈悲深い彼女】今日、とても良いことがありました

今日、とても良いことがありました。嬉しいです。

混雑する土曜のクリニック

糖尿病なので2ヵ月に1回通院しています。いつもクリニックの受付時間15分前には受付に到着します。なぜなら私が通っているクリニックは、土曜の午前中混みこみになるからです。今日は3番手につけました。まずまずです。

待合で座って待っていると、続々と患者が押し寄せてきます。健康診断、インフルエンザのワクチン接種、初診、どんどん増える。高齢の夫婦、子供ずれのママ、オシャレなおっさん、どんどん増える。9時15分には待合はほぼ満席になり、受付に並んでいる人が「まだ?」って思っているのが聞こえてくる。

こんな時に限って受付が院長夫人1人しかいない。ここの受付は入れ替わりが激しい。おそらく院長夫人には人望がないのであろう。最近では、まだ10代であろう娘を動員してきたが…娘も嫌になったのかもしれない。

電話がずっと鳴っている。なりやまない。やっと夫人が電話にでるが、その間受付業務は停止してしまう。熱がでた患者からのようだ。でも夫人は慣れているのだろう。待たせながらも言葉巧みにやり過ごし、この場が破綻することを上手に回避している。

こんな状況になると苛立ちはじめる人だっている。余裕がなくなり、自分のことしか考えられなくなる人だっている。「あとどれぐらいかかるの?」ジッと待つことができない人もいる。

こんな状況のなかで、とても温かい思いやりを受けました。感動です。

2児の母の思いやり

3番手の私は早々に処置室で採血をすることができました。そしていったん待合に戻りますが、案の定イスはどこも空いていません。採血した右腕を抑えながら、通行の妨げになりにくい場所に避難します。確保できた場所は待合の隅で、トイレ入口付近でした。

とりあえず診察までの間なら立ったままでも構わない。よっぽど「つま先立ちでもしといてやろうか」と思っていた。まさにその時…


UnsplashDavide Cantelliが撮影した写真

「こっちが空いてますから座ってください」と声をかけられる。私は知らない人に声を掛けられておどろいた。思考停止した。でも反射的に彼女が導く先へ進んでいった。さっきインフルエンザのワクチン接種で受付をしていた、2児の母だった。

キッズスペースで子供2人が絵本を広げてはしゃいでいる。その近くに誰も座っていないイスが3つ。彼女は「私は子供と一緒にすわるのでどうぞ」と上の男の子を横に座らせ、自分は下の女の子を膝に乗せた。私は勧められるがままイスに座る。その時やっと我に返った。

「有難うございます」と彼女に伝えることができた。そして徐々に今起こった出来事について考えはじめる。考えれば考えるほどありえない、有難い出来事が起こったのだと実感した。

誰もが心に余裕がなくなる状況で、私のことを思いやって行動してくれた。

小さな2人の子供がいるにも関わらず、私のことを思いやって声を掛けてくれた。

私の立っていた場所は、彼女と対角線上に向かい合った角。そう、待合のなかで一番遠い位置関係だった。パーテーションで見えにくい場所でもある。そんな大股10歩ほどもある距離まで2人の子供を置いてやってきてくれた。高齢者でも障害者でもない私のために…

「これは夢?前世で命救った人?」

いや、これはまさに無償の思いやりだった。

「なんて慈悲深い人なんだ」彼女はまさに生き神。

有難いこと

診察を待つまでの間、彼女たちのやりとりを聞いていた。

ピーターパンを息子と娘に読み聞かせる。とても優しい声。ついつい私も聞き入ってしまう。

騒がしくする子供を頭ごなしに叱らない。「頭が痛い人やオナカが痛い人が来てるんだよ、大きな声を出したらその人はどう思うの?」ちゃんと子供に考えさている。子供が「嫌だとおもう~」と答えた。

診察の順番がまわってくる。私はもう一度「有難うございます」と言って席を立つ。彼女は軽く会釈しただけだった。彼女にとってはあたりまえの日常なのだ。きっと。

診察室に向かう私の心は幸せに満ち満ちていた。心を引っ張り出して、すれ違う人すべてに見せたいと思った。口角を上げて微笑んでいる自分と、すれ違ったような気がした。いつもは無表情な私なのに…

良いことって…そっと自然に優しく訪れる。

些細なことのようでそうじゃない。ありえないこと。まさに「有難い」こと。

禁酒して心が敏感になっている。だからこそ感じられるこの温かさ。

「彼女と繋がれたことに感謝します」

「私のことを思いやってくれて有難う」

誰かをこんな気持ちにしたい、できる人になりたいと思う私です。