みなさんの、人生最初の記憶は何ですか?いつ頃の記憶ですか?記憶とは不思議です。なぜ覚えていることと、忘れてしまうことがあるのでしょう。なぜそれを自分で選べないのでしょう。今、思い出せる記憶は、その頃を忠実に再現しているのでしょうか?
これは私の素朴な疑問です。私には科学的にアプローチして、解決することはできません。
最初の記憶は、真っ暗で、暑くて、息苦しい記憶です。夜眠れないときに、記憶をさかのぼる旅をすることがあります。いつも必ず、その真っ暗な記憶が終点になります。
幼少期の記憶は、映像付きでたくさん残っています。母が私を乗せるのを忘れて、車で保育園に行ってしまったこと。保育園に行く途中に、車(ミニクーパー)が脱輪したこと。これらがインパクトのある記憶です。
不思議なことに、音のある記憶は少ないのです。人生最初の音のある記憶は、幼少期に体験した怪奇現象です。
深夜に変な気配を感じて目が覚めました。すぐに2階の子供部屋から出て、階段から1階を見下ろしました。その瞬間、女の人の高笑いが不気味に聞こえてきたんです。今でも鮮明に思い起こすことができるほど、恐ろしい響きでした。
その声は、喜怒哀楽をすべて含んだ高笑いでした。私に向けられていることに、すぐに気が付きました。一気に気分が悪くなり、激しく嘔吐したのを覚えています。
楽しい記憶はあまりでてきません。おそらく今の精神状態によって、思い出す記憶は影響されるのです。悲しい記憶は、さらに悲しい記憶を呼びます。まるで楽しいことなど、一度も無かったかのように。過去への後悔をやわらげるためにつくる、悲劇の物語なのかもしれません。
記憶する内容を選べないのではなく、すべては脳の中にあるのかもしれません。巨大な図書館のように、膨大な書籍がそろっていても、借りられる本は限られているのです。自分に都合がいい記憶しか借りられないようにして、自分を守っているのです。
そんな妄想をしていると、自分の人生最後の記憶はどんなものになるのか、考えることがあります。どんなことを思っているのか?何が見えて、何が聞こえるのか?
最後の時まで、1人で悲劇の物語をつくるのはごめんです。それまでには、楽しい記憶の引き出し方を覚えたいですね。
そんなことを願いつつも、私は最初の記憶が最後の記憶になる気がしています。真っ暗で、暑くて、息苦しい記憶です。もしそうなれば、私が最後に思うことは「やっぱりな…」になるでしょう。
最後に、過去や未来のことを考えるのは程々にして、現在進行している今を大切にしましょう(笑)